『1988年10月22日』のチケット

今日、仕事中に店の有線からあるガールズバンドの曲が流れてきました。十数年ぶりに耳にしたその楽曲を聴き不意を打たれたことが一番の原因だったのですが、月並みな表現で申し訳ありません。急に胸のおくあたりの力が抜け、時が止まって過去に引き戻されそうな感覚に包まれたのです。

気づいたスタッフが「大丈夫ですか?」といって気遣ってくれたのですが、病気などでもなく、逆にていさいを崩してしまった自分が恥ずかしくなりました。

 

その日、家に帰り、家族と夕飯をとっていたときのことでした。偶然にも、有線から流れてきたガールズバンドの期間限定復活コンサートの告知がテレビで流れました。いえ、偶然ではないのでしょう。ガールズバンド復活の知らせをうけた有線の選曲者が彼女たちの楽曲を流したのだと思います。私は親友ともいえる存在だった三人のわだかまりがこのバンドのコンサートを起点にして起こったことを思い出しました。

私は部屋に戻り、押入れの引き出しをあけ、『1988年10月22日』と記されたチケットを取り出しました。未使用のチケット。このチケットがなぜ私の手元に残っているのか、それはこのコンサート当日、私が友人と会場で待ち合わせをしたのに出会えなかったことが原因でした。

 

友人であった二人は高校で同じクラスだった男の子と女の子。私が後から合流して三人でコンサートにいく予定になっていました。予定より逆に早く来てしまった私は、ちょうどいいと思い、少し遠出をして買い物に出て行ってしまいました。華やかな街なみにウキウキしてしまったのでしょうか。しかし不慣れな場所だったことで、私は完全に道に迷ってしまいました。今思えば、タクシーに乗るなり、道を聞くなりすればよかったのですが、バカな私は自分で見つけられるだろうと意固地になり、勘だけをたよりに二人の待つ会場を目指しました。

探し続けてたどり着いたときにはもう、コンサートは終わりに近い時間になっていました。外はもう真っ暗。途中から行くのはよくない。というより、恥ずかしくて合わせる顔がない。私は、そのまま友人を会場の外で待つことなく、電車に一人飛び乗り家に帰りました。電車内で膝の上にのせた買い物袋はカラカラと軽い音をたてて、涙を流す私の悲しみをいっそうにあおりました。

まだ携帯電話なんてなかったころの話です。

翌日学校で、家の用事ができて急にいけなくなってしまったと嘘をついた私に友人は、「仕方がないよ。また今度」と言ってくれました。結局、その後三人でコンサートに行くことはありませんでした。

 

どうしてあんな愚かな行動をとったのか、いまでは理解できないところもあります。でも、あのときああしておけばよかったというのを、いつかきっと帳消しにできると思いながら、それでもかなえられずに生きていくのが人生のような気がしています。

そういう思いで今日までやってきました。だからせめて、最期のときは笑って終われればいいと思います。

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