ヤモリ

直径10センチくらいのヤモリがフロントガラスに張り付いています。

バスの中。運転手はまだ気づいていない様子。どうなるんだろう。もし、運転手によじ登ったりしたら……。

私は前から二番目。左側の列に座っていました。一つ前には高齢の男性が座っています。親戚の引っ越し祝いを見に行くためにバスに乗って隣町まで向かっていたときでした。

 

大きなフロントガラスには依然《ヤモリ》が止まっているのが見えます。見れば運転手は30代くらいの男性。しっかりしている感じで安心。

しばらくして、少しバスが揺れます。どうしたんだろう、カーブを通ったわけでもないのに。そう思って辺りを見ると、ちらちらと運転手がフロントガラスを気にしています。もしかして……。

フロントガラスを横断したヤモリは運転手の前で止まりました。

首をちくいち傾けて、運転手はヤモリに飛びかかられまいとしています。見れば、顔と首にすごい汗。何も言わない運転手ですが、体がくねくね動いているのが分かります。後ろにいる乗客たちは気づいていない様子。その時でした。

おかしいと気づいたのか、運転手の後ろにいる中年男性が立ち上がって状況を確認しました。「ちょっと待ってろ」と言って男性は、運転手の視界をさえぎらないようかがみながらヤモリの捕獲にのりだしました。

 

ヤモリは逃げます。逃げて、運転手の座る窓の右側まで進みました。思わず運転手は左ハンドルとともに体を左に傾けます。揺れながら、「ヨシっ」と言って男性がヤモリのしっぽをつかんだようです。つかまえられたヤモリが宙ぶらりんになって暴れます。運転手はもう、左手一本で運転しています。(死ぬかもしれない)そう思いました。思わず家族の顔が脳裏に浮かびます。乗客たちもさすがに何事かとざわつき始めました。

ヤモリを捕まえた男性は窓を開け、放したあと窓をすぐに閉めます。「やった」そう思ったのもつかの間、ヤモリは窓の外側にはりついただけでした。

 

ヤモリがその後、運転手席周辺のガラスを右往左往していたのは、運転手が好きだったからかもしれません。

終着駅につき、ヤモリを外に放した男性が言いました。

「もらしてる」

運転手はイスに寄りかかって足を伸ばし、顔、首、シャツ、そしてズボンを濡らして、目は遠くを見ていました。

どこでヤモリが紛れ込んだのか。ペットブームのあおりをうけて誰かがバスの中に放したか。それとも、どこかでたまたまヤモリの方からバスに紛れ込んでしまったのか。

今のところは分かっていません。

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