酒気の漂う人の言うこと

「そしたらさ、びっくりしたんだよ。思いっ切り助走つけて、そっからジャンプしたんだから」

二つ隣の席までアルコールのにおいを届けているその男性の言動に、カウンターにいた常連さんたちは、またかという顔をしています。いつも驚いた表情で「ほんとだぜ、ほんとなんだぜ」と言うこの五十路を過ぎた男性の言葉にはもううんざりさせられることがないよう、うまくかわす技術をみなさん覚えたように思います。

話を聞いてもらえたと思ったのか、男性は満足そうな表情を浮かべるとまた枝豆とビールを味わいながら、少しづつ口の中に入れていきました。

 

男性の主張はこうです。

日中のビジネス街、傘を持った男性が、ビルの屋上から隣のビルの屋上に飛び移ったというのです。季節外れの突風が吹き荒れていたため外には人がほとんど通っていなかったので目撃者は自分一人だけであろうと言います。

仮に目撃者が多数いたとしても、その話を聞かされた人たちはなかなか信じようとしないでしょう。ましてや、いつも嘘をついているような酒気の漂う人の言うことなんて。

 

この件に関しては、しかし本当です。

私がその目撃者の一人だからです。

私はこの話に加わろうとはしませんでした。私も嘘つき呼ばわりされることになるのが嫌だったからです。直接見てない人には、本当のことでも伝わらないことがあるのです。

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