それぞれのイメージ ~タクシー~

「先輩、今日って、電車ですか」と聞いたのは、井上先輩がぎりぎりの時間に出勤してきたとき外で車が離れていく音を聞いたからです。

普段は電車通勤で駅から歩いてくるので、ちょっと気になり昼休みに聞いてみたのです。

 

「ああ、見てたんだ。うん、今日はタクシーに乗ってきたんだよ」

足でも怪我したのかと聞くと、たんに寝坊をしてしまい遅刻しそうだったので利用したといいます。そこまでする必要があるのかなとも思いましたが、真っ正直な先輩らしいとも思いました。家から乗ったのかと思ったら、駅からだといいます。何でだよと思いました。駅から歩いてもそんなに時間はかからないからです。まあ、でも先輩の考え方を尊重しようと思います。遅刻は社会人として格好悪いという思いがあるのでしょう。アイドルが卒業して悲しいからといって欠勤するのも考え物ではありますが。

「タクシーの値段、上がってませんでした?」

私も最近、終電をのがしたときなどにタクシーに乗ったことがあるのですが、以前と比べて(深夜帯割増料金ではありましたが)値段が上がっていることに気づきます。給料が抑えられる時代になったからというのももちろんありますが、それを差し引いても、やはり上がっているなと。先輩も確かにお金がもったいなかったかもしれないと自省していました。やはりどの業種も大変なのだなというふうな話をしたところ、少し、素直にはうなずけない話になりました。先輩がふと、

「うちの田舎では、タクシー運転手は花形職業だったんだよ」ともらしたのです。

ああそうか、観光都市では案内人として町を知りその町を誇ることができる案内人のタクシー運転手がなりたい職業の代名詞だったんですねと私があいづちをうったところ、

「違うよ。うちの町は観光都市じゃないよ。それは市街地の方だよ。観光客なんて来ないようちの方には」

あれ、だったら、タクシー運転手が花形職業っていうのはどういうことですかと聞いた後、さもありなんと語る先輩に私は最後までついていくことができませんでした。

 

小学校5年生のときに県外から転校してきたお友達がいたのだそうです。そのお友達はいじめられているとういことはなかったらしいのですが、あまり他の同級生と話したりせずだいたい一人で過ごしていたといいます。

あるとき飼育係で一緒になり、お互いのことを紹介しあったんだそうですが、そのときそのお友達はおじさんの家族の家に預けられていると言い、そのおじさんはタクシーの運転手さんだと聞かされたそうです。今度家に遊びに行ってもいいかなと聞いた先輩に、渋い顔をしながらもお友達は承諾してくれたのだそうです。

後日学校帰りの井上先輩とその友達を学校の門から少し離れた場所へタクシーが迎えに来ます。おじさんの知り合いの運転手さんと言う人がお友達の家に送迎してくれるのだそうです。その時のタクシーが、いわゆるタクシー的なものではなく、リムジンのように黒塗りでがっしりとしたもので、それを見た井上先輩は、

「タクシーの運転手さんっていいね」とその友達に言ったのだそうです。これが井上先輩のタクシー運転手のイメージの原型なのかもしれません。ちなみにお友達は「そうかな」と返答したといいます。

 

お友達の家に着くと、大勢の人が「お帰りなさい」と言って出迎えてくれ、入った室内はいわゆる豪華絢爛。おやつも今までに食べたことのない様な高級なものがずらりと銀食器に並べられ、幾つ食べてもいいと言われたと言います。井上先輩はもう家に帰りたくないとまで思ったほど極上の時間を味わったのだとか。

帰り際、「また明日ね」と言ってお友達と別れ、来た時と同じタクシーで家の近くまで送迎してもらうと、送ってもらってありがとうございましたと運転手さんに井上先輩が告げたとき、こう言われたといいます。

「今日のことは誰にもしゃべっちゃいけないよ。お父さんとお母さんにもね。約束できるかな?」

 

お友達は小学校卒業と同時に県外へと引っ越して行ってしまったのだそうですが、その後そのお友達とは連絡を取っておらず、未だに彼が何者だったのか分からないと先輩は言っていました。ちなみに、先輩はこの地元ではその時みたタクシー以上に豪華な車は見たことがないということです。

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