テレビ、映ってましたよね

「やっぱり……」その時の想いをどう説明すればよいかわかりません。休憩室での出来事が決定打となりました。

 

朝、ハーグストゥーヘンに先に出勤してきたのは私のほうでした。井上先輩は開始時間数分前に来て店の制服に着替え始めました。その時の私は、先輩の足もとから目を離すことが出来ずにいました。ようやく話が出来る。先輩が出勤してくるまでの十数分間、私はあのことを聞かずにはいられないほど待ちぼうけをしていたのです。

「先輩、あの、ちょっと聞きたいんですけど」

なに? と言って井上先輩は比較的すっきりとした表情で私に顔を向けます。

「……昨日なんですけど、先輩、テレビに、出たりしてませんでした?」

「テレビ、なんで、出てないよ?」

さらに、「あのー」と前置きをしました。自分から聞こうとしているのに言いよどむなんて。自分にかつを入れ、思い切ってのどもとにつまっていた言葉をはきだしました。

「休みの日なんですけど、郊外の方に、行ったりとかしませんでしたか?」

先輩の動きが止まり、視線が定まらなくなりました。

「どうして」

冷たい空気が二人を包むようでした。先輩に直接的な言い方は避けようと、

「いや、別に、なんていうか久しぶりに晴れていたから、先輩どうしてたかなと思って」

「……僕、晴れてると、郊外に行くふうに見える?」

「いやまあ、郊外っていうか、外出っていう意味で」

少し間を置いて、

「確かに出かけたよ。」言うとすぐ、先輩は仕事にとりかかりました。

 なぜ私がテレビの話題をふったのか。ある番組が気になっていたからです。

 

その番組の内容は、郊外で開催された、いわゆる同人誌の製作者たちが一斉に集まるイベントを特集したものでした。

リポーターが来場者たちにインタビューを重ねていたとき、一人、やたらとインタビューを拒む人物が目に飛び込んできました。お腹のふくらみが特徴的で、顔を映されないようウチワで必死に隠そうとしているのです。いったんカメラがはけたのですが、次にその人が映ったとき、上半身、裸になっていました。

遠めのアングルからでも真っ白なでふくよかなお腹が目立ちます。それだけでも面白い構図なのですが、その人は会場で販売していたTシャツにその場で着替えようとしていたのです。

横には予備として購入したTシャツが10枚ほどおいてあります。そしてその人が履いていた靴、ここが肝なのですが、靴底が発光する特殊なタイプのハイテクスニーカーで、その靴を私はよく知っているのです。

太っていてアイドルが好き、という人は世の中に沢山いるでしょう。しかし、あの靴、どうしてもそれがひっかかるのです。あんなに特殊な靴を履いている人を私は町なかでめったに見ません。少なくとも私の通る道で見つけたことは一度も。仮にいたとして、ファッションセンスのよい人がコーディネートの一つとして取り入れるようなもので、ヲタク系の人があれを履いているというのは、一人を除いて私は知りません。

 

休憩時間、私たちはそれぞれ本を読んだり、携帯電話をチェックしたりして、あまり会話はしないというのが暗黙の了解になっています。それぞれ自由時間を満喫したいという思いがあるからです。それでも私は、先輩のロッカールームに入っている光る靴に想いを馳せていました。

結局なにも聞くことが出来ず、休憩時間も終わり、持ち場に戻るときでした。

「出たよ。テレビ」

聞き取れるかとれないかぎりぎりの声音でした。振り向いた私は「出たよ。テレビ」という言葉を反芻し、どう応答しようか考えました。するとすぐさま先輩が続けます。

「出たって言うか、映っちゃったんだ。みんながみんなインタビューに答えるわけじゃないのにね。」

互いに視線を合わさず、なんとなくの感覚で相手の口元あたりに視線を置きます。直接は話しづらいからです。休憩室から出て行くとき先輩が、胸元まで制服のジッパーをおろしました。そうして私がテレビで見たあのTシャツが姿を現しました。

(やっぱり)

人差し指を口元に当て「これね」と私に目配せをして先輩は出て行きました。

 

了解です先輩。でも、隠しても隠さなくても、誰もおとがめなしだと思うのです。

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