明日(あした)

本日、友人の女性が会社を退職する日でした。私がハーグストゥーヘンの一室を貸し切りにし送別会を開くこととなりました。先日私に援助を依頼した友人もひと段落したとのことで時間を空けて来てくれました。

主賓(しゅひん)の女性は大学時代の同級生で、旅行会社に十年近く勤めた末の退職でした。最初に入った会社では事務処理をしていたのですが、旅行に行った際こんな憩(いこ)いの場を案内できたらと思い今の旅行会社に転職することにしたと以前聞きました。今後は、自ら宿泊所を開きお客さんを日々の疲れから解放させてあげたいと考えていると言います。

 

送別会に集まったのはゼミ仲間でもあったメンバーで、男四人と女三人合わせて七人。地方に転勤して来られない友人たちはお疲れ様のメッセージを届けてくれました。花束を輸送してくれたり、実家の会社を手伝っている友人は会社のマスコットをつけてメッセージを、結婚して地方にとついでいた女性などは、こっちに住んでいる弟さんの家に泊まる予定でわざわざ遠方からかけつけてくれました。

急な誘いだったにもかかわらずこれだけの人が集まって声を届けてくれるというのが彼女の人となりを表していると思います。

ここで、「妙だな」と思った方もいるかもしれません。なぜ彼女は会社の送別会には行かなかったのかと。聞けば、すでに先週やってもらっていたとのことで、他の社員さんたちは次の日があるからと彼女の方から断りをいれたのだといいます。

 

集まった時間は夜の七時でしたが、十数年振りの再会というメンバーが多く、話し足りなくなるということがないよう、深夜0時過ぎまで、皆目いっぱいねばりました。

地方からかけつけてくれた女性は名残惜しそうに涙をしながら抱き合い、困ったらいつでも連絡するんだよと言って退職した彼女を励ましました。学生の頃ならなかったのでしょうが、私も四十路に向かう年になり、本当に相手を心配するということが分かるようになったのか、思わず目がしらが熱くなります。

集まったメンバーは、翌日、会社に出勤予定の者が多く、それでも最後までたくさんのお酒を酌み交わし終電まで頑張ってくれました。誰一人途中で抜けたりしなかったことも彼女の心に届いたのではないでしょうか。

見送った後、私が先日資金援助をした男の友人と私と退職をする彼女の三人で、もう一度ハーグストゥーヘンに戻り話を続けることにしました。

 

 

 

男の友人は席に着くと、すでに泥酔しており、ソファ式のイスの上で寝に入りました。先ほどまで立っていたのがやっとのことだったようで、よく頑張ったよねとねぎらいました。

彼女がそのことを話したのは深夜三時ごろ、もうずいぶん会話が途絶えていた頃でした。

「あなたにはもういてもらう場所はない」

私もアルコールがまわっていましたが、その言葉にはハッとさせられました。

彼女は会社内で同僚の女性社員をかばい男性上司を告発しました。結果、男性上司は懲戒処分に課されたのですが、彼女は会社内で後ろ指を指されることになり、セクハラをした男性上司の仲間たちから厄介者扱いされた結果、下請け会社への出向を命じられます。彼女がそれを拒否すると、「だとすればあなたにはもういてもらう場所はない」と言われ、志願退職という形の実質、懲戒解雇処分をうけることになったといいます。

裁判で争ったりはしないのかと聞くと、そんなことをするお金もなければ労力もない。しかも、戦うこと自体がばからしくなる相手だと。

彼女は結局、それ以降、何も言おうとはしませんでした。

 

タクシーを呼び、泥酔している友人を二人で車の後部座席へと運びました。

「誰の送別会だか分からなくなっちゃったな」と言うと、彼女が、「いいのいいの」と言って「じゃ、また集まろうね」と清々しい表情を私にむけました。

「連絡くれな。遠慮するのは無しだよマジで」と私は念を押します。

彼女はうなずいた後、運転手に行先を告げます。

車の中から彼女がトントンと窓を叩き私の注意を引き付けると、上の方を指さしました。指の先を見ると、月がキレイに弧を描いています。

私が見たのを確認すると、暗かったためうっすらとしか分かりませんでしたが、彼女の唇が「きれいだね」と動いたようでした。

外はかなり寒くなっていました。車が行ったあと月を見ていた私は、鼻から空気を吸い込みました。ひんやりと爽やかでした。

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