ああ、ここはあの頃のままだ

私が若いころ、まだ学生で、将来どういう職業につくかも決めていなかったとき、夜の8時ころでしょうか、友人と、ある定食屋に入ったことがありました。

店内は蛍光灯がうっすらと光っていて、年季のはいったメニューは黄ばんだ状態で壁に貼られていました。

店主の男性はかなり年配で、耳には補聴器、割烹着には調理中にかかったであろうシミが布全体をおおう様についており、長い月日を店主とともに過ごしてきたことがうかがえました。

店主がお水を運んできた時、私と友人はメニューの中から、定食かなにかを頼みました。すると店主は、それらはもう扱っておらず、いまはラーメンと、ご飯と、お漬物だけだと言い、私たちもそれを了承し、二人ともラーメンを注文しました。

なんでも、奥さんが亡くなられてからは、店主一人でお店と生活のすべてをやりくりされていて、お客さんがだんだんと少なくなっていったことから、食材の仕入れを減らし、それと共にメニューの方も少なくなっていったのだと。店主が申し訳なさそうに私たちに笑顔をふりまいてくれていたのが印象的でした。

私たちは三席あるテーブルの一つに席をとっていましたが、そこから店主の料理をする姿が見えました。手さばきは、とてもゆっくりでした。

『それで、いいんだよな』と私は思いました。

私たち二人は、特段、急いでいませんでした。むしろゆっくりしたかったのです。

店主が料理をされているその姿を見ているだけで、包丁でネギを刻んでいる音を聞くだけで、私たちはその時間を穏やかに過ごせたのです。

待っている間、マガジンラックから、刊行されて十年は経っているであろう週刊誌を手にとって、懐かしみながらそれをめくりました。

しばらくして、店主が私たちのテーブルに料理を運んできました。

出てきたのは、とても質素なラーメンでした。

麺はすこし太めで束になっている部分もあり、スープもシンプルな醤油味。二人は互いに話をやめて、静かな店内で音を立ててラーメンをすすりました。

私たちがその時、どういう話をしたかは覚えていません。ただ、ラーメンと店主、そのお店にあった雑誌のことは覚えています。お店は私たちが自転車で遠出したときに初めて立ち寄ったところで、場所をあまり記憶しておらず、その後もう一度訪れることはありませんでした。

私は今でもそのお店のことを思い出します。もしまたそのお店を訪れることがあったら、ラックには、あの時見た同じ週刊誌がまだおいてあるかもしれません。

「ここはあの頃のままだ。ああ、何も変わらないね」

お客様がそう言って下さったら、私たちがこのハーグストゥーヘンを続けていく意義はあるのかもしれません。

 

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