ファッション誌に自分

雑誌が一つ、僕の前に置いてあります。「『men’s gorgeous(メンズ ゴージャス)』の10月号」だと言われたからです。なぜそれが手元に置いてあるのかと言うと……。

 

休日を利用して、ちょっとおめかしをした僕は街へと繰り出しました。そして、そのときが訪れます。

「あの、すみません」

無精ひげを生やした今風の髪型の男性が、首からいわゆるプロ用カメラをぶらさげて僕に声をかけてきたのです。

「私men’s gorgeous という雑誌のカメラマンをやっているものなんですが……」

カメラマン。知っているファッション誌。おしゃれな通りで呼びかけられた。ということは、そういうこと? 

いや、そんなわけがない。そんなわけないけど、もしかして。だって、わざわざ会社の名前を名乗って近寄づいてきたのだから。ということは……。

 

自分を変えるためにと上京し、ハーグストゥーヘンに入店。そこでの生活で「一流の人間になる」と決めてようやくそのときが来たのか。少し早いかもしれないが、まだこっちに来て一年も経っていないから。でもまあ、30代後半ともなれば、早いということはないだろう。

結構インタビューは長かったように思います。写真は一、二枚かと思ったら何回もシャッターを押していたのは意外でした。たぶんデジカメだからたくさん撮っても後でデータを消せるので何枚撮っても問題ないということなのでしょう。シャツ、パンツ(普段はズボンと言うけど)、靴、鞄のメーカー名とそれらの値段を聞かれ、僕の仕事と名前と年齢を聞かれました。

最後に、雑誌の発売日を聞かされたとき、

「編集の都合上、掲載されないこともありますけど、そこはご理解願います。」「分かりました。」そんな約束をかわしてカメラマンさんとは別れました。

もうその後は、天にも昇る気持ちでした。歩いているだけで楽しくて。臭い飯を食べてもたぶん大丈夫だったと思います。そのくらい良い方向にしか考えられない状況でした。とにかく、自分の人生が認められた。一流人間のスタートラインに立てた、そういう気持ち。本当につい昨日のことのように思い出します。

ハーグストゥーヘンに出勤すると、さっそく、休憩時間に何食わぬ顔をしてスタッフたちにそのことを伝えました。すると、

「なんていう雑誌? いつ発売するの? 最近、木抜さん服装変わったからどうしたんだろうって思ってたら、こういうことだったんですね。」

そんなことないですよという顔をしながら皆の反応をしたり顔で僕は見つめました。

そしてその発売日が昨日でした。本屋では開かず、買って家に帰ってからじっくり自分の写真を探しました……。

 

今日、ハーグストゥーヘンで、スタッフの皆さんに謝罪しました。

「あの、載ってなかったです。写ってなかったです。お騒がせしてすみませんでした」

言った僕に困惑した表情で、

「まあ、木抜きさんの雑誌デビュー、見たかったけど、しょうがないですよ。これは、縁みたいなもんですから。」

《縁》、そうじゃないと僕は思います。

「そうですよ。だから、次に期待。次に、ね?」

こんな感じでみんなが優しくしてくれました。なんか、逆にこういうふうにされると何とも言えない気持ちになります。隙を見て、井上さんが言いました。

「見落としてるって可能性もなくもないからさ、僕の方でも買ってみるよ。何ていう雑誌だっけ?」

「あ、雑誌ですか、名前?」

そうだよと井上さんがうなずきます。

「……men’s decisive」

「え?」

ためらいながら、

「めんず、ディサイシブです」

メモをしながらうなずいている井上さんを見て、僕はその場から退きました。たぶんみんな僕がつらい気持ちになっているのだろうと思ったのではないでしょうか。

だから、心が痛みます。僕は嘘をついたから。

 

『men’s gorgeous(メンズ ゴージャス)』という雑誌を、『men’s decisive(メンズ ディサイシブ)』と教えたのには訳があります。

本当は載っていました。僕の写真はありました、『men’s gorgeous(メンズ ゴージャス)』に。

顔から下だけ。

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