ベンチのドカベン

休みの日、僕は井上さんに連れられて野球の試合に参加することになりました。

町内会で親しくしている人から野球ができる人を連れてきてほしいと頼まれたことから僕に声をかけたらしいのです。

「野球部じゃないですよ」

ボールとかバットとか触ったことない?と聞かれたので、それはさすがにありますと答えました。小学校の頃は友人と空地でよく野球をやっていましたし。出来ないことはなかったのでOKしました。陸上部だったことを伝えると、「ああそれはいい」と言って後で監督さんに彼には足があるんですよと僕にも聞こえる声で言っていました。井上さんはしきりに大丈夫だからと僕をたしなめました。井上さんは? と聞くと、

「僕? 僕はこうしているのが役割り」

そう言って、ベンチに座り悠々としています。

 

試合後半になって僕は監督さんに呼ばれ、代走をすることになりました。盗塁の意義はもちろん知っています。足にも自信があり、自分で言うのもなんですが、みごと成功でホームを踏むこともできました。僕が塁に出いているとき、ときおり井上さんはベンチから立ち上がって素振りをしているようでした。かっぷくの良い井上さんはまさにドカベンでした。

チームは勝利しましたが、井上さんの出番はありませんでした。人数はそこそこ足りていたし、井上さんが呼ばれた理由は最後まで分かりませんでした。球技は基本的にはできないらしいし、体を動かすのにしてもブルースリーとか太極拳とかの拳法のみだし……。

打ち上げで飲んでいるとき監督さんに聞いてみました。どうして井上さんに声がかかるのかと。そうしたら監督、

「相手ピッチャーをびびらせるためだよ」

どういうことかと聞いたとき、なるほどそういうことかと合点がいった様な気がしました。

監督は相手チームに、井上さんは甲子園で大活躍したドカベンだという嘘の情報をまいていると言いました。そのかいあってか、相手チームでの井上さんのニックネームは「大砲」だそうです。実際のところは、かっ飛ばさない大砲ですが。

 

ちょっと前に勉強した経済のコラムがあったな。なんだったか、あ、あれだ、

『風説の流布』。

斜め横を見ると、何にもしていないのに酔っぱらいながら誰よりも食べまくる井上さんが陽気に笑っています。お腹をぶるぶる震わせながら。

ドカベン、ねぇ。

費用対効果がとれているんだったら、それでいいのかな。

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