何か一つ熱中できるものを

以前バーで(安いバーです)、僕よりも年上の人に言われたことがあります。

「何か一つ熱中できるものを見つけなさい」

 

その人は言った後、鞄の中から財布を取り出しました。黒の長い財布でした。馬の革で作られていると言っていました。僕には似合わないけど良い財布だなと思ったのですが、その人はもう一度、鞄に手を入れると、今度は別の財布を取り出したのです。

え、なんで?と思いました。先に出した財布と色が違うだけ。あとは全く同じ形。それはクリーム色だったのですが、次に出したのは緑、その次が青、その後に赤。なんと五つも同じ財布を鞄の中に入れていたのです。

「どうして、と思うでしょう」

うなずいた僕にその人は、

「これが熱中できるということ」

それらの財布には、お金やカードは一切入っていないと言います。だから盗まれても大丈夫なんだとか。でも、大切なその財布自体をとられたらどうするんですかと聞くと、

「盗まれないでしょう、お金がはいっていないんだから」

いやいや、お金が入ってないことを知ってるのはあなたご本人だけじゃないですか、とつっこみをいれたくなったのをぐっとこらえました。

 

その人は財布と一緒にいられることが幸せだと言います。その感覚は僕には分かりませんでしたが、バッグの中の財布をまるでペットのように見つめながらお酒を飲むその人は十分に幸せそうでした。

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