クッキーを作ったのは、

いつ渡そう、そればかり考えていました。

コーヒーの注文があったときに渡そうか。でも、最初におかゆなんか頼まれたらどうしよう。口直しどころか、後味が悪くなるかもしれない。新聞のクロスワードパズルを始めて夢中になってしまったら声掛けどころではなくなってしまう。

とにかく、さりげなくが良いと思う。タイミングを見て渡す機会を探ろう。そう思っていました。

 

何の話かと言うと、常連さん達に渡すプレゼントのことです。

私ごとですが、休みに入っていた大学の授業が今週から再開するため、曜日によっては午前中の仕事が出来なくなってしまいます。なので、夏休みの間、一緒にお店で時間を過ごさせていただいた常連さんたちに感謝の気持ちを伝えようと思ったのです。

ケーキとクッキーどちらを作るか迷ったのですが、ケーキはお店にもあるし保存がきかないけれど、クッキーだったら持ち帰りもできると思ってクッキーにしました。比較的、材料も部屋にあるものでまかなえるという点も大きかったかもしれません。ちなみにチョコチップなどは別で購入したりしました。それとミントも。もちろん、スタッフさん達にも配る予定です。

 

(どうして、今日に限って)

何があったのかは知りませんが、入店そうそう常連の二人はいきなりビールを注文してきまたのです。ビールに加えて枝豆と焼きおにぎりも。食べるなあ。でも、おかゆを頼んだりしていた先週とは違い、ちょっとは食欲が戻ったみたいでよかったのかも。「だったら今だ」そう思いクッキーの包みを手に取り二人に渡そうとしました。が、二人共もう新聞を四つ折りにしてクロスワードパズルにとりかかっていたのです。

(なんていう人たちなの。すべてを自分たちのタイミングで生きている。こちらのことなど眼中にはない。店員は人でないとでも? まあ、しょうがない。時間はまだあるのだから。あわてないこと。それにしても、今年退職したばかりだというのに午前中からビールを飲めてしまうバイタリティーって……)

 

そろそろ、いつもなら席を立つ頃かな。さっきからちらちらと腕時計を見たりしているし。(いよいよだ。)

時間の波を漂った私に、その時が訪れます。

「これ、私が作りました。クッキーなんですけど、よかったらどうぞ」

二人が顔を上げ、差し出した包に入ったクッキーの方へ視線を移すと、新聞をテーブルの上におきました。

「おれたちに?」

はいそうです。ぜひ食べてくださいと言うと、いま開けてもいいのかと聞くのでどうぞと勧めました。二人は機嫌がよかったのか、品性を欠いた越境者のような荒々しさで包みをびりびりと音を立てながら開けました。(けっこう丁寧に包んだのですが、リボンなんかつけて。まあいいか。)

どうやってこういうの食べるんだっけと相談し合うように目を合わせながら、こんな感じかなとクッキーを二つに割り、破片がぼろぼろとテーブルに落ちているのも気にせずクッキー片を口の中へ二人して運びます。

(食べてる食べてる。うふふふふ) 私は刹那的にリア充になりました。

なんて、そんな風に考えた私は、ばかでした。

「あれ、ああ、俺これダメ。」

自慢のひげを剃って二週間の白髪の男性がそう言ったのです。

全身の力が地球の底へと抜け落ちていく私。はずれのわさび寿司を食べたかのような苦そうな表情をする白髪男性。

甘いのに、苦い顔。

それを見た隣の禿頭(とくとう)の男性が「おまえそんなこと言うなよ」と言ってがははははと笑います。ビールをすでに三杯づつ飲んでいる二人。もうまわっちゃっていて歯止めが利きません。

「おれさ、ミントだめなんだよね」と、白髪の方が口に入っていたものを手に戻しました。

よだれがついたまま手の上に戻されたかじりかけのクッキー。信じられない光景です。プレゼントをした異性の前で。しかし、信じられないのはこれだけではありませんでした。

「とにかくお前そのミント捨てろ。おれのチョコの方食べろチョコ、甘いから」

え? なんて、今なんて?  捨てろ? 捨てろって言った?

「でもさーこれさ、ビールじゃないよね。お酒じゃない。合わない、せめてウイスキーとかなら……」

ハゲの方がクッキー評論を始めました。評論というより批判です。

(おい、よく聞け、シラガ&ハゲ。お前たちのために作りはしたが、お前たちが何と一緒に食べるかなど考えて作ってないんだこっちは)

良かれと思って作ったのに、あんないい方をされれば私だって熱くもなります。

でもさすがに、肉体の方はショックを受けていて、震えが止まらなくなり涙はジャージャー蛇口は全開。つららの様に顎のあたりでしずくをつくっている私の涙。それを見つめる二人。驚いたのでしょう、一言も発しません。どうして泣いているの、的な。

 

二人がどんな表情をしているのかはっきりとは分かりません。涙が瞳をくもらせているからです。そこへ、一筋の声が曇りガラスの瞳の外から聞こえてきました。

『ママ』

ああ、その言葉。

『ママ、どうしたの? 悲しいの?』

あなたたちのせいよ。

『ママ、俺たちのせい?』

そうよ。すべてはあなたたちのせい。

ふたたび無言になる二人。やめて。沈黙はやめて。自分のうるんだ声が耳に入るとよけいに悲しみが増幅されるから。お願い、なにかしゃべって。

「ママ」

なに。

「ありがとう」

今さら何。感謝なんかいらない。

「おいしかったよ」

うそつかないで。さっき吐き出してたじゃない。

「ママ」

なによ、もう。

「クッキー、いくら?」

 

(バカ!)

 

私がクッキーを作った理由。もしかするともう一度こうして『ママ』と呼んでほしかったのかもしれません。

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