ママって、呼んでたくせに

9月に入りました。秋と呼ぶ季節です。同時にそれは、夏が終わったことを意味します。夏限定だった赤ちょうちんカウンター。シンボルだった赤ちょうちんがとりはずされて、今までと同じシンプルなカウンターへと戻りました。

棚に置いていた焼酎はビールやワイン、ウイスキーに置き換えられ、壁に取り付けられていた昔懐かしのメンコ、駄菓子はすべて外され後ろに隠れていたシックな木の壁が見えるようになりました。多くのモノを取り付けていた赤ちょうちんカウンター。なくなるとずいぶん印象が変わるものです。

 

いつも午前中にいらっしゃる常連のお客さんたち。来店してカウンターに座るや否や、「そうだよな」とぼそっと言ったのも、私と同じように思ったからだと思います。 

「どうしよう。こまったね。コーヒーっていうのもつまらんし。どうする……」

禿頭(とくとう)のお客さんが相方さんにたずねます。「そうだね。だったら、おかゆにしようかな今日は」と返すと、「ずいぶん思い切るな。ま、でもそうしようか。暑い夏を終わらせると言う意味でね」。先週まで口髭をはやしていたお客さん。なぜかヒゲをそっていました。二人で来店されていなかったらだれだか気が付かなかったかもしれません。それにしてもなんていうか、よく分からない理由で注文が決まりました。二人して《おかゆ》だなんて。しかも今までそんなの一度も注文してきたことがなかったのに……。

 

おかゆをお出ししてから、フーフーすすって一口食べる。テーブルを見つめる。フーフーすすって一口食べる。この繰り返し。会話はなし。私が他のテーブルに注文をとりに行っている間もほとんど会話をしていない様子でした。赤ちょうちんというアクセルが外されたことで、先週までいきりたてていたエンジンは聞こえなくなってしまいました。

赤ちょうちんがあったころ、私にしょっちゅう会話をふってくれていた二人なのですが、今日は目も合わせてくれません。静かに新聞を読んだり、その中におもしろい記事を見つけると私に隠すように二人でそれを見てうなずいたりしています。無言で。それが終わると水にちょっと口をつけてはテーブルを見つめるか、しきりに爪の長さを気にしたりしています。そして沈黙が続きます。私は私でその場所にいるだけではなく他のこともしなければいけないため、じっとしているわけにはいきません。でも、待っているのです。赤ちょうちんのあった頃に言われていたあの言葉を、

『ママ』

 

先週まではいつでも、

「ママ、○○一つもらえる?」。「ママ、髪の毛後ろに結ぶとさ、うなじが見えて色気が増すね。ママ、ひょっとして、俺たちに色気でもつかってんじゃないの?」。

なんなんだろうこの人達はと思いました。ひどい冗談だと思って冷たいまなざしを送ると、「あれーママ、それ完全にSの目だよ。どっちだ、狙われてんのわ? 俺、それともこっちのはげ?」そう言ってがはははと笑います。

(うう、なんて下品な会話なの。いい加減退出させようかしら)などと考えていると、

「……なんてね」と言って二人で顔を見合わせて、話があったことそれ自体うやむやにさせてしまうのでした。

正直、私の年代なら誰一人笑わないひどい会話内容です。昨今の大学内だったらセクハラ発言ととれてしまうくだらない会話が、先週まで平然と飛び交っていたのです。だから、逆にへんなのです。それが今はないということが……。

 

私自身どうしてしまったのか自分自身を勘ぐりたくなってしまうほど、あの言葉が聞きたくてしょうがありません。一度定着したあだ名で呼ばれなくなることのつらさ。急に冷たくなってしまったセクハラおやじたちへの精神的愛撫への渇望……。

「なんということでしょう。すべてがゼロになってしまいましたナウ。」

SNSにこうつぶやいたほど、ショックは私が頭で考えているよりずっと大きなものなのかもしれません。だとしたら、つらすぎます。私、おかしくなってきています……。

 

神様、もしもいらっしゃるのだとしたら、この憂いをどうかとりのぞいてください。

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