表だけ見てる

40代くらいのお客さんが三人。カウンターに席をとられてよもやま話を繰り広げていらっしゃいました。時折カウンターの内側に入って私もお飲物をお出ししました。どなたも表情が明るく、いくぶんリラックスしているようにお見受けしました。

カートなどの大きな荷物をお持ちだったので、地方から出張でいらしたのではないでしょうか。夕方ごろにはお帰りになるというようなことを言ってらっしゃいましたので、おそらくこちらでの仕事がひと段落したのではないかと思います。この後は飛行機でお帰りになられるのか、それとも特急電車のどちらでしょうか。

 

食事を一通り済ませてから、一人の方がタバコに火をつけ、それを吸うと、手前にあるコーヒーを少し避ける様に長く煙を吐き出しました。そうして思い出したように言いました。

「あの、あれさ、こっち来て思ったことがあるんやけどさ、ヤンキー、おるやろ? おるやろというか、おらんかったよな?」

聞いて他の二人がそうそうそう、と言いだしっぺの顔を食い入るようにのぞき見、

「もっとやばいところだと思ってから、うちの地元より大人しくて逆におどろいたわ」と、腑に落ちたのでしょうか、皆、うなずきながら残りの二人もタバコを出して、椅子三つほど離れた場所においてあるカウンター上の灰皿に手をのばしてから自分たちの手前に置いてタバコに火をつけました。

「不良はいないし、援助交際もないし。平和になったもんよな。それこそ防犯カメラなんかついててさ、俺らの時代にもあんなもんがあったら、かつあげなんかされないで済んだもん。」

タバコの煙が笑いに押し出され、三人の顔周辺にまき散らされます。

「おまえ戦えよ少しは、抵抗しろよ!」と突っ込まれ、

「ちがうよ。戦った後に、抵抗した後に、かつあげされたんよ」と言ったそばから、

「よわ!」と二人に突っ込みを入れられていました。そうしてまた三人のもとに笑いが起こり、たばこの煙は笑いの空気に満たされていきました。

しかし、本当にそうでしょうか?

私は目の前で覆い隠されそうになる事実を見て見ぬふりをすることができず、わずかな間、前に座る三人の笑いと店内に流れる音楽など一切の音が消え、2、3日前に友人から聞いたあの疎ましい話を記憶の淵から呼び起こしているところでした。

 

「後期の初日、いつからだったっけ」と電話口で私に聞いていたのは、大学で同じ学科に通う同級生の女子です。ギャル系の恰好をしているわけではないのですが、繁華街などにくりだしては朝帰りをし授業もさぼったりといい加減な面が目立つ彼女は最初、文字メッセージで連絡をしてきたのですが、返信するとそれに呼応するかたちで電話をつないできました。

「やっぱそうだったんだ。分かってはいたんだけど、確認したかったんだ。」と借りはつくりませんとでも言うかのように、あえてそう前置きをし、ありがとうと後から感謝の言葉を言いました。なぜ彼女がわざわざ電話に切りかえてきたのか、その理由はすぐに分かることになります。噂話が好きな彼女。面白い話があると言って、《ルーマーシェア》を始めました。

 

彼女は、友人たち数人と深夜の繁華街にたむろしていたのだそうです。若い女の子が危ないじゃないかとつっこみをいれられそうなところですが、今はあぶない連中が街から姿を消して、深夜の街はさながら暗くなった学校のキャンパスのように安全だといいます。それに、防犯カメラがあるから犯罪なんかまずありえないし、いざとなったらスマートフォンだといいます。

そうこうしているうちに危険に巻き込まれていたのだと彼女は言いました。

彼女だけ先に帰ったらしいのですが、残った友人の女子たちは、いたって普通の男性から「これから遊びに行こう」と話を持ちかけられ、彼女たちも遊び続けたかったためついていこうとすると、おじさんが二人近づいてきたといいます。そのおじさんの存在に気づくや否や声をかけてきた男性は全力で駆け出していきます。

おじさんの一人はその若い男性を追いかけました。残ったもう一人のおじさんは、無線をとりだしてどこかと連絡をとっています。不思議な光景を前にぽかんとする女の子たちに無線連絡を終えたばかりのおじさんが言います。

「何かされなかったか」

首を横に振った女子連中におじさんは、胸ポケットから手帳をとり出し、自分が警察官であることを告げて言いました。

「いま君たちに話しかけていた男は、君たちが想像しているようなやつじゃない。」

じゃあ、どんな人なのと女子の一人が聞くと、首を横に振って教えてくれません。

殺人鬼なんじゃないと一人が言うと、周りの女子は鼻から息をはいて笑いましたが、警察官は言った女子の目を見て視線をはずそうとしません。

「嘘ですよね」

と言った女子にも警察官は視線を離さなかったといいます。

後日家に帰った女子たちは、ネットに載った殺人鬼の顔写真を見て、しばらく外出を控えるようになったということでした。

 

その話を私に伝えた電話の彼女は、不思議と楽しそうに話しているように私には思えました。怖かったら普通、声が震えたりすると思うのですが、遠足に行く前日の小学生のように声は弾んでいました。

彼女は上京組で、両親からの仕送りが少なくなっていたことから、アルバイトをしてお小遣いをためているらしいのですが、私も上京組であることを知っていてあるアルバイトをすすめてくれました。

「週に二回、指示されたマンションに行って、そこで男の人が待ってるんだ。そこでいくら欲しいか言うと、その金額をもらえるんだけど。やらない?」

すぐにそれが援助交際であることが分かります。

ギャルでも何でもない彼女。ハッキリ言って外見はむしろ大人しく見えるくらいです。彼女がこんなことをさらりとやってのけていると知ったら、世の男性たちはきっとカオスに陥るのではないかと思います。

そのあと彼女が言ったセリフに、私は理性を保つのに精いっぱいでした。

 

「あなた美人だからさ、料金上げられると思う。なんてったってコスパがいい。どう?」

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