発言と責任

間違っていたかもしれない。言った後に思ったことです。

 

終電でお帰りになった大学生の娘さんを持つという会社員の男性。

カウンターに席をとられたお客様で、普段あまりお見受けをしない方でした。その方が私にこんな助言を求めてこられました。

「娘が登山部に入るって言うんですけど、いろいろ事故があるってニュースで見たから心配になって。でも、大学生になった子供のサークル活動にまで親が介入してくるなんておかしいとも思うんです。どうでしょう。なんかいいアイデアありませんかね」

聞かれて、正論だなと思いました。娘さんには健やかでいてほしいと願う親の想い。

男性は、しつこく言うと嫌われちゃうかなと、そういった点においてもためらっているようでした。

念のため、

「他の方にはもう相談はされたんですか?」とたずねると、周りはやらせてあげた方がよいと言っているとのことでした。

たぶん、この方が言いたいのは、万が一のことなんだと思います。娘さんが成長してくれることを願うか、事故にあわないようにしてもらいたいのか。これらを天秤にかけたとき、親としての判断をどうすべきなのかと。

「心配なのは分かります。でも、自分でやりたいものを見つけた人は幸せですよね」

私がそう言うと、男性はしばらく考えているようでした。帰り際に、

「さっきはありがとうございました。やらせてみることにします」とおっしゃいました。

 

考えてみれば、テニスサークルに入るのと、登山サークルに入るのとでは危険度がまるで違います。そんな重大な決断に、自分のとっさの判断が加わってしまったことに不安がよぎります。

会話というただのコミュニケーションをしているつもりが、人の人生を大きく変えてしまう責任が加わってしまう。信頼をおいて話しかけてくれる人にはいつでもきちんとした考えを持って接しなければならないと改めて思いました。

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