深夜、厨房裏で

私は深夜帯にこのハーグストゥーヘンで勤務しています。出勤時間は夜間で、日中のスタッフからの引き継ぎをして時間が空けば店内の整理整頓をします。

今日は比較的お客さんも少なく、オーダーのあった料理もすべてお出しした後、店内のクリーニングをしていたときのことでした。

厨房の外で、ギイッという金属音がしました。ゴミ収納箱を開閉するときの音です。店内には私と厨房スタッフが一人いました。私たち以外他にスッタフはいないはずなので、気になって、客席が落ち着いてきたのを見計らってから外に出てみました。

 

厨房の裏側にはゴミ収納箱があり、扉が開いていました。普段は閉まっているそのフタが開いているのはどうしてだろう。暗くて細部までは見えなかったため、近付くと、最初、動物かなにかかと思ったのですが、動いているそれをよく見ると、ゴミ箱を間にはさみ私から隠れるよう、ふるめかしい上下を着た老人がそこにしゃがみこみ、ゴミ箱から取り出した廃棄物をあさっていました。

見たことのない人物であったため正直驚きましたが、同時に、弱弱しく小さくなっているその老人を見て声をかけずにはいられなくなってしまいました。

声をかけると、老人は弱弱しい声で、「ああ、すみません。こちらのお店の方ですか」と、お弁当の中身一式(ハーグストゥーヘンでスッタフのまかないように用意してある冷凍にした詰め物)を手に取って、「これ、もらってもよろしいですかね」と暗がりから私の目を見て言いました。

もらってもいいかと言われればすでに廃棄した商品ですから、当店としては差し支えはないものでした。

「だめですかね……」老人は私にそう言って哀願します。「大丈夫ですよ」と私は言ってすぐ、「今、厨房から食べられるものを持ってきます。ちょっと待っていてください」そう伝えると、老人は力なく頭を下げました。

 

急いで店内に戻り厨房スタッフに手短に事情を説明すると、当店で渡せるものをいくつか袋に詰め、少しさめてしまっていましたがコーヒーを一緒に持って店の外に再び出ました。

老人のところへ行くと、ゴミ箱から取り出したものを戻させて、

「これ食べられる新しいものですので、持っていってください」と言って袋ごと渡しました。電灯の下に移動して「どうもありがとうございます」と言ったその瞳は弱弱しく、何日か食べていないふうに思えました。一緒に持ってきたコーヒーを渡すと「すみません」と言って手に取った老人の唇は渇いてかさついているのが分かります。コーヒーよりもお水の方がいいかもしれない。そう思い、空の2リットルペットボトルにお水を入れて、再び老人のもとへ持っていきました。

するとそれを持った瞬間、老人の体が地面に引っ張られるようにずり落ちました。体が震えているようでした。恐怖心からではなく、体力が落ちていてそうなったのだと思います。

家までは自転車で帰ると言うので、かごに荷物を運んであげました。大丈夫ですかと聞くと、「息子が家で待っているから。私がなんとかしないと」と言います。

一瞬、意味がよく分からなかったのですが、自身より若い息子さんをこの老人が扶養しているという意味なのでしょうか。だとすれば息子さんはご病気かなにか、あるいは、昨今の経済状況で失職してしまったことなどが関係したりしているのか。いずれにせよ、ご老人の力ですべてをまかなわなければならない状況のようです。

 

「困ったら遠慮なさらずに来てください」言った私に、自転車を止め私の目を見て「どうもありがとう」と老人は言いました。自転車もかなり年季が入っていて、いつ故障してもおかしくないように見えました。

それから老人は振りなおり前を向き、来た道を家に向かってだと思いますが、帰って行きました。自転車の漕ぎ方はところどころふらついていて、ハーグストゥーヘンで渡した荷物と老人の体重はさほど変わらないのではないかと思います。自転車のライトをつけていなかったのは、たぶんもう電灯がつかないのではないでしょうか。

私がいないときにご老人が来ても大丈夫なよう、日中のスタッフにもこのことを伝えておくことにします。

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