外界をシャットアウト
「すみません、イス、使わないとダメですかね?」
オレンジともレッドともとれる髪の色に、青いベロアの上下スーツに身を包んだ男性。年齢は4、50代というところでしょうか。とてもエネルギッシュに見えます。
「どうぞ、お好きなようにされて結構ですよ」
とても丁寧な物腰で男性は、それじゃあと言ってカウンターのイスを少し横にずらしご自身が身を置けるスペースを用意されました。
勝手な私の推測ですが、ミュージシャンの方ではないかと。私はあまり詳しくないので実際にどうかは分かりませんが。
そう言えば、昔あんな恰好の人たちが街にあふれていたな。街が若者の想像力で満ちあふれていた頃。なんて、昔にばかり目を向ける悪い癖が、つい。
ご注文の『あんみつ姫(あんみつパフェ)』をお届けすると、「センキュー」とお客様はおっしゃいました。持ち場に戻ってからも、誰だろう誰だろうと気になってなかなか仕事が手につきません。そうこうしているとホールから、
「んーーん!」という声が響きました。
何だろうと思って見てみると、先ほどのお客様がスプーンを口に入れてうなっていました。さっきまでつけていなかったヘッドフォンを着用していたので、自分の声が聞こえず大きくなってしまったのだと思います。他のお客様も気づかれたようでしたが、それほど大きな声ではなかったので、まあしょうがないかなと注意はしませんでした。
しかし、それは立て続けに起こりました。
あんみつにのった白玉やサクランボを食べるたび、
「アウ・アウ!」とか、「ッパフェ!」とか。しかも、足ではステップを踏んでおり、振りつけも交えています。大きく場所をとってしまっていて、このままでは他のお客様に迷惑になると思い注意しようと私が近づいて行ったところ、どうやら私に驚いてしまったようで、
「ッパハ!」
という声とともに私の顔めがけて白玉が吐き出されました。
その事態に一番驚いたのはお客様ご自身でした。
「すみません。大丈夫ですか! ごめんなさい、本当にごめんなさい!」
いえいえ、大丈夫です。
「怪我とかないですか?」
はい。怪我はしてません。オモチは柔らかいですから。
弁償しますとお客様はおっしゃいましたが、本当に大丈夫ですのでと伝えると、先ほど自ら除けたイスに座られました。
外したヘッドフォンから流れる大音量のロックンロールからは、お客様の歌声が響いていました。