1月2016

外界をシャットアウト

「すみません、イス、使わないとダメですかね?」

オレンジともレッドともとれる髪の色に、青いベロアの上下スーツに身を包んだ男性。年齢は4、50代というところでしょうか。とてもエネルギッシュに見えます。

「どうぞ、お好きなようにされて結構ですよ」

とても丁寧な物腰で男性は、それじゃあと言ってカウンターのイスを少し横にずらしご自身が身を置けるスペースを用意されました。

 

勝手な私の推測ですが、ミュージシャンの方ではないかと。私はあまり詳しくないので実際にどうかは分かりませんが。

そう言えば、昔あんな恰好の人たちが街にあふれていたな。街が若者の想像力で満ちあふれていた頃。なんて、昔にばかり目を向ける悪い癖が、つい。

ご注文の『あんみつ姫(あんみつパフェ)』をお届けすると、「センキュー」とお客様はおっしゃいました。持ち場に戻ってからも、誰だろう誰だろうと気になってなかなか仕事が手につきません。そうこうしているとホールから、

「んーーん!」という声が響きました。

何だろうと思って見てみると、先ほどのお客様がスプーンを口に入れてうなっていました。さっきまでつけていなかったヘッドフォンを着用していたので、自分の声が聞こえず大きくなってしまったのだと思います。他のお客様も気づかれたようでしたが、それほど大きな声ではなかったので、まあしょうがないかなと注意はしませんでした。

しかし、それは立て続けに起こりました。

あんみつにのった白玉やサクランボを食べるたび、

「アウ・アウ!」とか、「ッパフェ!」とか。しかも、足ではステップを踏んでおり、振りつけも交えています。大きく場所をとってしまっていて、このままでは他のお客様に迷惑になると思い注意しようと私が近づいて行ったところ、どうやら私に驚いてしまったようで、

「ッパハ!」

という声とともに私の顔めがけて白玉が吐き出されました。

その事態に一番驚いたのはお客様ご自身でした。

「すみません。大丈夫ですか! ごめんなさい、本当にごめんなさい!」

いえいえ、大丈夫です。

「怪我とかないですか?」

はい。怪我はしてません。オモチは柔らかいですから。

弁償しますとお客様はおっしゃいましたが、本当に大丈夫ですのでと伝えると、先ほど自ら除けたイスに座られました。

外したヘッドフォンから流れる大音量のロックンロールからは、お客様の歌声が響いていました。

口コミの拡散

常連さんがいらしたのですが、席が埋まっているのを見て、またと店長の方を見て帰って行かれました。最近、妙に人の入りが多くなったことを感じます。いったいどうしたんだろう。しかも注文されるのが決まって珍しい名前の商品ばかり。

どこかで、誰かが情報を拡散している?

 

スマートフォンで、最近多く注文される『禊(みそぎ)カレー』を検索してみました。すると、あったあった書き込みが見つかりました。大手の口コミサイトに『禊(みそぎ)カレー』のことが書いてあります。

「『禊(みそぎ)カレー』が当たりかはずれかはその人次第。私の味覚が正しいかそうでないのか、みなさんの感想を聞かせてください。お店は隠れ家的なところで、通(つう)に思われたい方にはおすすめです。」

そこで記載されていた店の名前は『卑しのハーグストゥーヘン』となっています。「癒し」と言う方の意味なのですが。

 

店長にこのことを伝えると、ネットは詳しくないので、他のスタッフに削除要請をお願いすると言っていました。

「まあ、どのみちネットの情報を見て来たお客さんはリピーターにはならないだろうけどね。縁というものがない限り、うちのお店はその人にとって特別な存在にはならないんだよ。昔から」

信じてくれる相手がいて

「僕らがいたころはね、作り方なんて教えてもらえなかったよ」と男性。

「それ、パワハラになるんじゃないですか? 考えられないですよ。私たちの世代だったら訴えられたりしますよ」

厳しかったんだよ昔は、などと男性の話に花が咲いている様子です。隣で話を聞く女性は20歳ほど年が離れているでしょうか。どういったご関係でしょう。会話の雰囲気から推測するに、親子ではないように思えます。

 

「メモはとるなって言われたよ」

「どうして? 覚えられないじゃないですか」

「そうだろ? そしたらその先輩がさ、頭に焼きつけとけって言うわけよ」

「めちゃくちゃですね、もう」

そうだろうと男性が深い声で返事をしてうなずきます。

昔はどこも大変だったのかなと聞いていて思ったのですが、その後の発言から、私はその男性に違和感を抱き始めました。

「老舗(しにせ)の天ぷら屋にいたころなんか大変だったよ」

うなずいた女性が、いったん前を向いた後、再度男性の方に向きなおって言いました。

「あの、天ぷら屋は分かるんですけど、老舗って、なんですか?」

驚いた様子の男性でしたが、すぐに気を取り直し、

「ああ、そうか、今は老舗って言葉使わないのか。あの、あれだ、昔からやってるお店のこと」

ああ、そういうことかと言ってうなずく女性。

うーん。知らないものかな、老舗。

「そこにいたときはさ、油の温度は正確にって言うから、何度くらいにすればいいんですかって聞いたんだよ。そしたらさ、手入れてみろって言うんだよ。この油の温度だから手入れて覚えろって言うんだよ。ばかやろう、やけどするだろっつーの」

「それ、パワハラじゃないですか!」

パワハラ、連発するなと思いました。でも事実なんだろうと思いましたし、油の温度くらい教えてやったらいいのにと自分も思います。男性の方は、再びそうだろうと深い声で返事をします。

「実はさ、ここの店でも働いてたことあるんだけど……」

えっ、ここで? ハーグスで? あの人が? 驚きです。てことは、先輩だったのか。知らなかった……。

「あ、だから○○さんおすすめのメニュー知ってたんですね」

そういうこと、と男性はしたり顔。

「もー、ひどかったんだから、ここは」

言うなよと人差し指を口にあてると女性に顔を近づけて小声で言いました。と言っても、深く響く声なのでつつぬけです。

「客が残した料理があるだろ、それ捨てずに、厨房のスタッフが全部食べつくすんだよ。廃棄ロスなくすために」

いやいやいや、うそー!? ほんと? 嘘つかないでって。そんなの見たことないようちの店で。

「パワハラじゃないですか、それ」と女性が手で口を覆います。

いやいや。それがほんとだったら、パワハラうんぬん以前にその店おかしいでしょ。

 

審議を確かめるために、すぐに店長に確認に行きました。

「店長、あの人知ってますか? あの女性と二人でいる人。昔、ここで働いてたらしいですけど」

「知らない」と店長。

他のスタッフに聞いても知らないとの返事が。ということは、あの人は何者なんだ?

冷静になると、真実は見えてくるものです。

あの男性はほら吹きであること(いくつかは事実かもしれないが)。またそれらは、だまされる相手がいて初めて成立しうること。

女性が連れの男性に聞きました、

「聞きたかったんですけど、廃棄ロスってなんですか?」