5月2016

女性物ブランド財布のおっさん

「いや、ですから、私たちは同い年だと……」

時々、日曜日の夜遅くに焼き鳥を売りに来る移動販売のお店があります。そこの店主と私は同い年です。

 

焼き鳥を待つ私の隣にはもう一人お客さんがいました。これで三度目くらいです。その男性からはアルコールの匂いが漂っており、いま気が付いたといわんばかりに、こう言います。

「若いな、いくつだ?」

私はまた年齢を答えた後、車のなかで焼き鳥を焼いている店主と顔を見合わせて苦笑しました。

男性は60代くらいで、ハーフパンツをはき、サンダル姿。手には長財布を持っており、ちょっと近所の家からかけてきたという感じ。手に持つ財布は高級ブランドでおそらく女性物です。

寄り合いの席で話をしているような感じで男性が言います。

「俺も昔は苦労したよ。何にも悪いことしてねえのに、殴られたりしてな」

またこの世代特有の昔話が始まったかと思ったのですが、

「まあでも、おめえさん達もいろいろと大変なんだってな。聞いているよ」

 

言われて、何かしんみりするものがありました。

どのくらいの思いで男性がそう言ったのかは分かりませんが、形だけでも気を遣ってもらえると、人間ありがたく感じるものなのでしょうか。

少し経った頃、サンダルにパジャマ姿の女性が近寄ってきました。

「何してんのこんなところで! 真っ直ぐコンビニ行ってきてって言ったでしょ!」

男性は、奥さんであるこの女性にお遣いを頼まれたのだと私と店主は察しました。

店主はいそいで焼き上がったばかりの焼き鳥を男性に渡しました。先に私が注文していたのですが、機転を利かせた店主の良い判断だったと思います。

去り際、男性は、険悪な表情を浮かべる奥さんを尻目にこちらへ向かってこう言いました。

「がんばれよ」

どうしてもあれが食べたいから

「冷やし中華って、今、つくれますかね?」

ホールスタッフが厨房に来て言いました。

どういうことかと聞くと、お客さんでどうしても食べたいと言って聞かない人がいるのだと。大柄の男の人で、異国情緒があるとホールスタッフは説明しました。

その人が片言で、

「ヒヤシチュウカ、ありますか?」

ホールスタッフにそう何度断っても尋ねてくるのだと言います。まだ季節的に作っていないのと、材料がそろっていないと伝える様、ホールスタッフに言いました。

お客さんは説得のあと、ようやく、しょうがないからという感じで、しぶしぶ注文をラーメンに変更してくれました。一緒にヨーグルトの注文も。

 

ラーメンを仕上げてヨーグルトと一緒にホールスタッフに持っていかせた後、他の注文の調理にとりかかっているときでした。

スタッフの一人が驚いた様子で状況を伝えにきました。

さっきのお客さんが、デザートにと思ってお出ししたヨーグルトを、ラーメンの上に具材としてかけて食べているというのです。

お客さんがいちいち食べているところをのぞいたりするのは店としてあってはならない行為です。なので、後でホールスタッフに聞いたところ、お客さんは、失敗したという表情をしながら召し上がっていたといいます。

 

冷やし中華の具材にヨーグルトというのはあってもおかしくないと思います。でも、ラーメンにヨーグルトというのはやっぱり相性がよくないかもしれません。

何か一つ熱中できるものを

以前バーで(安いバーです)、僕よりも年上の人に言われたことがあります。

「何か一つ熱中できるものを見つけなさい」

 

その人は言った後、鞄の中から財布を取り出しました。黒の長い財布でした。馬の革で作られていると言っていました。僕には似合わないけど良い財布だなと思ったのですが、その人はもう一度、鞄に手を入れると、今度は別の財布を取り出したのです。

え、なんで?と思いました。先に出した財布と色が違うだけ。あとは全く同じ形。それはクリーム色だったのですが、次に出したのは緑、その次が青、その後に赤。なんと五つも同じ財布を鞄の中に入れていたのです。

「どうして、と思うでしょう」

うなずいた僕にその人は、

「これが熱中できるということ」

それらの財布には、お金やカードは一切入っていないと言います。だから盗まれても大丈夫なんだとか。でも、大切なその財布自体をとられたらどうするんですかと聞くと、

「盗まれないでしょう、お金がはいっていないんだから」

いやいや、お金が入ってないことを知ってるのはあなたご本人だけじゃないですか、とつっこみをいれたくなったのをぐっとこらえました。

 

その人は財布と一緒にいられることが幸せだと言います。その感覚は僕には分かりませんでしたが、バッグの中の財布をまるでペットのように見つめながらお酒を飲むその人は十分に幸せそうでした。