坂本利

今宵また、別の誰かが

「幹部たちは人のせいにして、部下が切り捨てられる。そしていずれまた別の誰かが犠牲になる。それを繰り返して世界は回っている。そして自分もその一人として生きる」

一見(いちげん)さんだったからでしょうか、めずらしく早い時間帯にアルコールを飲んでいらっしゃるスーツ姿のお客様を見て、勝手にその人の思いを憶測で考えてみたのが今のセリフです。勝手にごめんなさい。

 

男性は最後、こうささやく設定です。

「自分は切り捨てる側に立つか、それとも、部下と一緒に心中すべきか」

これを家族に伝えるべきか。

メガネロン毛

こんな手紙が届いていました。

『いやしのハーグストゥーヘン 店長様

大変ご無沙汰しています。以前そちらのお店で店長さんにアドバイスをかけて頂いた田中と申します。黒縁メガネをかけたロン毛の男です。覚えていらっしゃいますでしょうか?

当時将来に悩んでいた私に、

「とりあえず、挑戦してみたらいい。どんな分野でもいいから」

そう店長さんに言って頂きました。

それで本当に、物は試しだと、俳優のオーディションに応募することにしました。

 

まず書類選考で受かりません。でも、ひとつだけようやく書類選考で通過したのが、サブキャラオーディションでした。

いざ会場に行ってみると、私のようにロン毛&メガネばかり。この中から一人が選ばれる。そして私は見事に落ちました。

友人にオーディションのことを伝えると、何のオーディションだったんだそれは?と聞かれ、私自身、良く調べていなかったことに気が付きました。

後日、自分からロン毛とメガネをとったら何が残るのかと思い、思い切ってコンタクトにして髪を切りました。すると、友人とすれ違っても気づかれない日々が幾日か続きました。その時痛感したのは、自分は知らないうちにロン毛&メガネに個性を頼り切っていたということ。自分の個性を磨かなければと私は考えを改めるようになりました。

 

それからはもうオーディション受けていません。ただ、動いたことで、自分が何者か、考えるいいきっかけになりました。逆説的かもしれませんが、いま私はスタイリストをやっています。スタイリングする人たちに私はこう言います。

「あなたを私のように外見的に無個性にさせたくはない」

そう伝えると、みな、腑に落ちた表情をして信頼してくれます。

本当にありがとうございました。』

 

ふーむ。いずれにせよ、この人は豊かな人生を送っているのだと私は思います。

ここがサークル

並木道を通ると、桜が列を作って歓迎してくれます。

駅から少し歩いたところにあるキャンパスを見ると、入学したころのまだあおかったあの頃の気持ちを思い出します。

「店長が若かった頃は、サークルとかってあったんですか? 僕は大学にいっていないから、そういうのがあまりよく分からなくって」

スタッフの井上君が少し気おくれしたような顔をして言いました。

「昔はね、貧乏学生が多かったからね。勧誘とかはあったけど、人がうじゃうじゃいるのはあんまり好きじゃなかったんだ。だから、静かなところはないかなと逆にこちらから探してみたんだ。そうしたら、料理研究部っていうチラシが貼ってあって、ここならご飯も食べられていいんじゃないかって」

「それで、毎日食べ放題でしたか?」

「いや、結局、食材とかは自分達で調達してこなきゃならないから、それなりにお金がかかるんだよ。お金をかけて素人の料理実験台になんてなりたくないだろう? だから、普通の料理屋でアルバイトをすることにしたよ」

そういうものなんですねと井上君。

 

本当は、面白いサークルに入っていましたが、話すと長くなるので言わないことにしました。それに彼を含めたこの店の従業員といること自体すでにサークル活動のようなものなのです。