坂本利

リクルートスーツに涙は似合わない

リクルートスーツを着た若い男性が泣きじゃくっていました。もしかしてと思い、話しかけようとしましたが、話そうとすると、むせてしまいました。落ち着くようになだめると、ようやくのことで話ができました。

 

男性は今日が入社日で、遅刻してしまったのだと言います。起きたときにはもう間に合わない時間だったと。前日、興奮してなかなか寝付けず、ようやくのことで眠ったと思ったら出発時刻をとうに過ぎていた。

体調が悪くなってしまって遅れましたと言えばいいのではと私が言うと、

「言い訳だって絶対ばれます」

そんなことないですよ。よくあることです。

「なんで早く連絡しなかったんだって言われると思います。」

じゃあ、素直に話したらいいですよ。

「そんなことしたら、一生笑いものですよ。入社日に寝坊して遅刻なんて。もう出世も絶対無理ですし」

かなり憔悴しきっている様子。

「いつか笑って話せるときがきますよ。一番よくないのはね、人に悪いことをすること。ミスとか失敗は人に悪いことをするのとは違う。だから挽回できる」

一点を見つめている彼。私はスタッフの井上君を指さしてそのリクルートスーツの若い男性に言いました。

「彼ね、ここの面接に遅刻してきたんですよ。そうしたら、申し訳ありませんでしたって言って、私にビニール袋を渡そうとしてくる。中を見たら、お弁当とお茶が二つづつ入っていた。どういうことと聞いたら、これでどうにか許して頂けませんでしょうかって言ったんです。なんで二つなのって聞いたら、黙ってる。たぶん、自分の分も入ってるんですよね、これ。しかもここ飲食店ですから。飲食店に違うお店のお弁当ですよ。そんなの買ってる暇があったら早く来いと思うでしょう? もうおかしくなってきて、一緒にお弁当を食べながらいろんな話をしました。それで、一緒に働いていきましょうとなった」

リクルートスーツの彼は少し興味を持った様子。

「でも、僕なんか入社日に遅刻ですよ」

「あなたなんかはもうその会社の一員でしょう。うちのスタッフの彼はまだ採用がまったく決まっていない状態だったんだから。ね、騙されたと思って、行ってきなさい。社会人としての誠意を見せる。とにかく謝る。それ以外はもう考えない。今日はそういう日。それでだめならしょうがないっていう気持ちで」

 

少し考えた後、鞄を持ち上げて、彼は決心したようです。

「お会計はいらないから、さあ」

深く頭を下げて、リクルートスーツ姿の若い男性は駆けていきました。

あなたには、出せません

ずいぶん前、うちの店に来ていたお客さんを出入り禁止にしたことがありました。その方は普段本当に優しい人で、みんなその人が良い人だと心から信じていました。でも、お酒を飲むと、すっかり人が変わってしまうのです。

 

家族と一緒に暮らしている人だったのですが、たまにうちの店に来てご飯を食べていってくれていました。

ある日のこと、普段は注文しないお酒をその人が飲んだことがありました。他のお客さんにすすめられたのです。家でも飲まない人だったと、記憶しています。そのときからでしたか、どこか、感じが変わってしまったのです。

 

言葉と態度が急変したようで、初対面の他のお客様にもそういった態度をとるようになってしまったため、最初はなだめる程度だったのですが、それでもお酒が入ると聞きませんでした。お酒を与えないようにすると、どうして自分だけにそんなことをするのかと言って聞きません。ここにはお酒を飲みに来ているんだと。しかし私たちもその人だけを相手にしているわけにはいけません。断腸の思いで、その後の入店をお断りすることにしました。

いつかまた、このお店に戻ってきて、長い間途切れていた会話を交わすことができればいいと思っています。

一人酒

「ええ、でも、帰るところなんです」

お仕事ですかとの私の問いにそうお答えになったお客様。いまの仕事が大変だとおっしゃいます。家族を養っているため、続けていく必要があるのだと。

「もう、この生活には慣れましたけど、どこかで一人になりたくって。この時間にお酒が飲めるのもここだけですから」と、

少しだけ飲まれて、会計を終えた後、また来ますと言ってくださいました。

 

 

*急ですが、来週から一週間、お店の修繕改装のため、休業させていただきます。

ご愛顧いただいている皆さま、ご迷惑をおかけして申し訳ありません。

いやしのハーグストゥーヘン店長 坂本利